保健医療学部 臨床検査学科卒業生との再会

2016年05月06日


臨床検査学科  近藤 弘

 今回は、以前に雑誌「医療と検査機器・試薬36巻5号(2013)」に寄稿しました編集後記を一部改変して転載させていただきます。
 今夏は実に暑い日が続きました。8月12日には、高知県四万十市で、観測史上最高の気温41.0度を記録しました。その日の気温を表現するとき、最高気温35℃以上を猛暑日、30℃以上を真夏日、最低気温が25度以上のときを熱帯夜と呼ぶそうです。猛暑が続き、百貨店では日傘が男女を問わず幅広い層に売れ、家電量販店では省エネ型のエアコンに買い替えた人もおり、食料品などの重い物はネットスーパー、それ以外は冷房の効いた店で購入するという人も増えているようです。
 さて、とても暑い夏でしたが、それを忘れさせてくれる再会がありました。その日の気温も35度を超えていました。たまたま、前任校の同僚が、私がかつて勤務した大阪の専門学校の卒業生と懇意で、それが縁で三人の卒業生とともに池袋で会食することになりました。実に27年ぶりの再会でした。彼女たちは、専門学校を卒業し、就職し、結婚し、現在は埼玉、茨城に住み、子育てをしつつパートで検査の仕事をしっかりこなす立派なアラフィフ主婦に成長していました。
 話題は、当時の彼女たち自身、先生、同級生たちのこと、そして、学生時代は実習や勉強に明け暮れていたことなど、尽きませんでした。「一生のうちであれほど勉強した三年間はないよね」というのが、彼女たちに共通した感想のようでした。
 一方、当時の筆者は駆け出し専任教員として、自身の授業以外に、非常勤講師の先生方の実習補助にあたっていました。とても熱心な非常勤の先生が生理学を担当してくださっていて、神経と筋の実験を導入したかったのですが、専門学校には装置が皆無でした。
 ところがある日、先生から電話があり、「実習に使えそうなものが捨てられているので、ゴミ捨て場にすぐ来てください。少し雨が降ったので、電源を入れてみないとわかりませんが使えるかもしれません」と、皆で某所から拾って帰り、恐る恐る電源を入れてみたら、なんと動きました。そこで、私たちはコンパネを加工して枠を作り、銅製メッシュを全面に打ちつけて小型シールドボックスを作り、脳波計の古いペン先を加工した針、分銅、クランプ、支柱、ミシン糸でキモグラフ用の仕掛けを作り、アクリル板、白金線で神経伝導速度実験用の電極を作り、さらに、洗浄剤「ビスタ」の空き缶に不燃紙を貼り回転させて、キシレンとベンゼンの混合液を燃やしてススをつけ、その年から生理学実習を開始することになりました。実験動物設備がなかったため、ウシガエルを流し台に放し、脱衣籠とガムテープでふたをして帰宅し、翌朝出勤してみたらカエルはすべて逃げだして一匹もいなくなっていました。そこで実習室をくまなく探して捕獲し、何とか実習は成功したことなど、当日は、アルコールも手伝って、彼女たちが知り得えなかったたくさんの失敗談などの裏話を披露してしまいました。
 再会の翌日に、一人から「専門学校での三年間は、親元を離れ見知らぬ土地で、新しい仲間達と死ぬほど勉強をした他の人に自慢できる三年間でした。昨夜、実習の準備に先生方が大変な苦労をされていたお話しを聞き、更に私の宝物の記憶になりました」と書かれたメールが届きました。当時は苦労というよりは、むしろ授業を創り上げる過程を楽しんでいたと思うのですが、三年間の学びを、卒業生がこのように受け止めてくれていたことにとても感謝しながら読みました。
 広辞苑には、「教育とは、教え育てること。人を教えて知能をつけること。人間に意図をもって働きかけ、望ましい姿に変化させ、価値を実現する活動」と記されています。教育に携わり、長い歳月を経ました。教育は子育てと同じで、手間と労力がかかります。手間ひまを惜しまずに人を育てる気持ちを忘れてはいないか、卒業生との再会に感謝するとともに、再確認しておきたいと思います。


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