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脊髄後角の興奮性シナプス伝達に対する活性酸素の作用

関西医療大学 大学院2年生 西尾 尚子

公開発表抄録

【目的】

活性酸素は生命を維持するために無くてはならないものであるが、様々な疾患の原因であることも示唆されており、近年では、活性酸素が脊髄レベルで疼痛情報伝達の修飾に関与していることが報告されている。そこで今回、脊髄細胞レベルでの活性酸素の作用の機序が不明であることから、活性酸素種ドナーであるtert-butylhydroperoxide (t-BOOH)が脊髄後角感覚細胞の興奮性シナプス伝達にどのような作用を及ぼすかを検討した。

【対象と方法】

成熟ラットから作成した脊髄横断スライス標本の膠様質細胞にブラインド・ホールセル・パッチクランプ法を適用し、膜電位固定下( -70mV)で興奮性シナプス後電流を記録した。

【結果】

t-BOOHを灌流投与すると、膠様質細胞における興奮性シナプス後電流の振幅や発生頻度は有意に増加した。t-BOOHの作用はCNQX存在下では完全に抑制されたが、テトロドトキシンにより殆ど影響を受けなかった。また、抗酸化剤であるPBNによってt-BOOHの増強作用は発生頻度において抑制された。

【考察】

活性酸素は膠様質細胞のシナプス前終末に作用してグルタミン酸の過剰放出を惹起することが明らかとなった。近年、活性酸素はTRPチャネルを活性化すると報告されている。したがって、活性酸素は脊髄後角膠様質細胞に入力する1次求心性繊維中枢端に存在するTRPチャネルを活性化し、脊髄膠様質細胞へのグルタミン酸放出を促進し、中枢性の痛覚過敏をひきおこす可能性が示唆された。

【結論】

活性酸素は脊髄膠様質細胞に入力するシナプス前終末に直接的に作用し、グルタミン酸の過剰放出を惹起することによって疼痛情報伝達を増強することが明らかとなった。

指導教官による解説

関西医療大学教授 中塚映政

我々の研究チームは「新規鎮痛法の開発」ならびに「慢性痛の発生機序解明」に関する研究を行っているが、今回、活性酸素の中枢性作用機序に着目して実験を行った。活性酸素は強力な酸化作用により生体防御に利用されているが、癌、動脈硬化、リウマチ、老化および神経疾患など様々な疾病との関連も指摘されている。また、近年、脊髄における活性酸素が神経障害性疼痛や炎症性疼痛を含む慢性疼痛に関与することが報告されており、我々は活性酸素が脊髄感覚ニューロンの神経活動に及ぼす作用を検討した。実験方法として、脊髄感覚ニューロンにパッチクランプ法を適用した。具体的には、成熟ラットの脊髄を愛護的に摘出し、低温下で脊髄スライス標本を作成した。次に、脊髄スライス標本を記録用チャンバーに固定して、人工脳脊髄液を灌流した。さらに、脊髄感覚ニューロンにパッチクランプ法という先進的な電気生理学的手法を適用して、脊髄感覚ニューロンの神経活動をリアルタイムに観察した。本研究から、活性酸素は脊髄感覚ニューロンに入力する末梢神経の中枢端に作用し、グルタミン酸が過剰に放出されることが明らかになった。したがって、活性酸素は脊髄レベルで痛み情報伝達を増強し、中枢性の痛覚過敏に関与することが示唆された。現在、我々の研究チームは医師のみならず、理学療法士、鍼灸師などバクグラウンドの全く異なる約10名のメンバーで構成されており、和気藹々と実験をおこなっています。皆、過去に実験経験の無い者ばかりですので、痛みの研究に興味があれば遠慮なく我々の研究室を覗いてみて下さい。


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