関西医療大学 大学院2年生 清行 康邦
末梢からの痛覚の情報は、脊髄後角(もしくは三叉神経脊髄路核)において様々な修飾を受ける。特に後角表層は、密に侵害情報の処理を行っていることが知られているが、後角深層における役割については不明な部分が多い。本実験では、侵害受容ニューロンに含まれるサブスタンスP (SP)の応答を指標に、内因性オピオイドペプチドのエンケファリン (Enk)、下行性疼痛抑制系に関係するセロトニン(5-HT)やノルアドレナリンの後角深層ニューロンに対する膜電流変化をパッチクランプ法により検討した。
ウレタン麻酔下のSprague-Dawley系雄性ラット(3~4週令:n=88)より脊髄を取り出し、マイクロスライサーにて厚さ650 ?mの新鮮脊髄スライスを作製した。このスライスの後角深層ニューロン(Ⅲ層~Ⅵ層)におけるSP (1 μM)、Enk (1-5 μM)、5-HT (3 μM)、及びアドレナリン (3 μM、カテコールアミン受容体作動薬)に対する膜電流応答をパッチクランプ法により記録した。
後角の深層ニューロンにおいて、自発性のEPSCやIPSCが観察され、それらはグルタミン酸受容体の拮抗薬(CNQXとAP5)やGABA受容体及びグリシン受容体の拮抗薬(それぞれbicucullineとstrychnine)を投与することで消失した。このことは後角深層ニューロンにおける速いシナプス伝達は、主にグルタミン酸(興奮性)およびGABA・グリシン(いずれも抑制性)により行われていると考えられる。
後角深層ニューロンの約65%(43/65 cells)は、SP投与に対してslow inward current(興奮性の電気応答)を示し、約50%(16/30 cells)はEnkに対してslow outward currents(抑制性の電気応答)を示した。これらの応答は、テトロドトキシン(1 μM)存在下においても同様に観察された。このことはパッチしたニューロンに、直接SP及びEnkが作用し膜電流変化が生じたものと考えられる。さらに、SPに応答したニューロンの大部分(15/18 cells)はEnkにも応答し、SPに応答しないニューロン(11/12 cells)はEnkにも応答しないことが分かった。つまり、SP作動性ニューロンより興奮性の入力を受ける深層ニューロンは、Enk作動性ニューロンにより抑制されることが示唆される。
5-HTとアドレナリンに対して、深層ニューロンの一部はslow outward currentを示すものの、大部分はslow inward currentを示した。5-HTおよびアドレナリンに応答するニューロンは、それぞれ深層ニューロンの約40%(14/35 cells)、及び約20%(9/35 cells)であり、これらのニューロンはすべてSPにも応答した。5-HT・アドレナリン作動性ニューロンもまた、SP感受性ニューロンに入力しているらしい。
今回の実験で、SPに応答する後角深層ニューロンはEnkにより抑制性に、5-HTおよびアドレナリンにより興奮性に制御されることが示唆された。
関西医療大学・教授 樫葉均
医学の領域で、「痛み」は「生体防御の警告信号」と理解されており、我々が健康に生活するうえにおいて無くてはならない感覚の一つです。日常の生活の中で、「痛み」は不快で、出来れば遭遇したくない存在ですが、我々がこの不快な感覚と遭遇することによって生活環境に潜む危険や障害、病気の原因を察知することが出来るのです。一方で、我々の生体には「痛み」を減弱させる痛覚抑制システムもまた存在すると考えられています。しかしながら、この神経メカニズムについては不明な部分が多く残されているのも事実です。本研究では、この痛覚抑制システムに深く関わっている脳内麻薬等の神経細胞への作用について電気生理学的手法を用いて解析したものです。今後も一貫して痛覚抑制システムをテーマに取り組んでいきます。興味のある学生さんは連絡ください。お待ちしております。