鍼灸師が大学院で学ぶということ 関西医療大学大学院[臨床鍼灸学コース]の在学生・修了生に聞いたリアル
関西医療大学大学院[臨床鍼灸学コース]指導教員の戸村です。
本記事は、関西医療大学大学院[臨床鍼灸学コース]の在学生・修了生の皆さんに個別に回答いただいた内容をもとに、座談会形式に再構成したものです。発言の趣旨を損なわない範囲で、一部表現を整えています。
---
大学院というと、研究者を目指す人だけが進む場所という印象を持つ方もいるかもしれません。しかし、関西医療大学大学院[臨床鍼灸学コース]には、鍼灸師として臨床や教育の現場に立ちながら、さらに学びを深めようとする社会人大学院生がいます。
鍼灸や東洋医学を、経験だけでなく研究という方法でも捉え直したい。
臨床や教育の中で感じている疑問を、もう少し深く掘り下げたい。
今回は、この3月に大学院を修了したばかりの尾下さん、現在修士2年生の中越さん、そしてこの春に修士1年生として入学した牧さん、山口さん、市川さんに、大学院で学ぶことの意味を聞きました。
修了した人、研究が本格化している人、これから研究が始まる人。
それぞれの立場から、社会人大学院のリアルが見えてきました。
---
大学院に進もうと思ったきっかけ
戸村
まず、大学院に進学しようと思ったきっかけから聞かせてください。
社会人になってから大学院に進むというのは、それなりに大きな決断だったと思います。
中越さん
私の場合は、自分のキャリア形成について考えたタイミングがきっかけでした。
尾下さん
私も近いです。医療従事者として自身のキャリアデザインを考える中で、学位取得に興味を持ち、大学院への進学を決めました。
市川さん
私は、戸村教授の影響と、打鍼をもっと深掘りしたかったことが大きいです。
戸村
打鍼を研究対象としてきちんと扱いたい、ということですね。
臨床で大切にしているものを、研究として見直すのはとても意味があると思います。
牧さん
私は、オープンゼミの「とむラボ」に参加させていただいている中で、学び直しをしたいと思うことがあったからです。
山口さん
私は、戸村先生のファンなので。
戸村
これはそのまま載せてよいのか少し迷いましたが、本人の言葉なので載せます。
ただ、冗談のようでいて、実は「この先生のもとでもう少し学びたい」というのも、大学院進学のかなり大事な入口だと思います。大学院進学の理由は、人によってさまざまです。キャリア形成、臨床技術の深掘り、教育への応用、学び直し、そして人との出会い。
どれも立派なきっかけになります。
---
入学前の不安は「研究ができるのか」
戸村
入学前には、どのような不安がありましたか。
中越さん
研究手法についての知識不足や、研究テーマをどう設定するかが不安でした。
山口さん
私も、研究についてはド素人なので、自分にできるのかが一番の不安でした。
牧さん
私は、不安はありませんでした。ただ、疑問はありました。
なぜ大学院に進学するのかが、最初はよくわかりませんでした。「とむラボ」に参加しているだけでも十分勉強になっていましたし、大学院で研究するテーマも思いつかなかったからです。
戸村
これはとても正直で、よい答えだと思います。
大学院というと、入学前から明確な研究テーマを持っていないといけないと思われがちです。もちろん、最初からテーマが定まっている人もいます。
ただ実際には、講義を受け、文献を読み、指導を受け、人と話す中で、少しずつ自分の問いが形になっていく人のほうが多いです。
特に社会人大学院では、仕事や臨床の現場にすでに多くの経験があります。
その経験の中に、研究の種が隠れていることも少なくありません。
---
入学してすぐに感じること、修了してから見えること
戸村
実際に入学してみて、入学前の印象と違ったことはありますか。
今回は、修士1年生の皆さんはまだ入学したばかりなので、「始まってすぐの印象」として聞かせてください。
市川さん
設備が整った学校で、学生の雰囲気も良いと感じました。あと、定期テストがないことは意外でした。
山口さん
修士課程と聞くと、何か物凄いことをしなければいけないと思っていました。
でも、「修士は、研究するというより、まず研究のお作法を学ぶ身分だ」と説明を受けて、逆に気が楽になりました。
戸村
これは大切なところですね。
修士課程では、いきなり大発見をしなければならないわけではありません。
まずは研究の型を学ぶ。問いを立て、先行研究を読み、方法を考え、結果を説明する。
その「お作法」を身につける時間でもあります。
尾下さん
私は入学前、同期生との交流機会があるとはあまり思っていませんでした。
でも実際には、同期生と交流する中で他分野の知見が得られ、さらに学びが深まりました。
また、オンライン講義が意外に多いと感じました。仕事と両立していく上では、とても助かりました。
戸村
修了したばかりの尾下さんの言葉は、これから始める人にとって参考になりますね。
大学院は一人で黙々と研究するだけではなく、同期や教員とのやり取りの中で、自分の視野が広がっていく場所でもあります。
---
研究テーマは、仕事や臨床の現場から生まれる
戸村
研究テーマについても聞かせてください。
ただし、修士1年生の皆さんは入学したばかりなので、まだ研究が本格的に始まっていない段階です。
現時点での関心や、これから深めたいテーマとして話してもらえればと思います。
中越さん
私は、勤労学生の疲労がどのような構造なのか、東洋医学的な特徴があるのかを研究したいと考えています。
自分が専門学校の教員ということもあり、学生サポートに役立つテーマにしたいと思いました。
戸村
修士2年生になると、テーマもかなり具体化してきますね。
専門学校の教員として学生と関わる中で見えてきた問題を、研究として捉え直そうとしているところが社会人大学院らしいと思います。
牧さん
私はまだ未定です。
戸村
未定でよいと思います。
入学したばかりの時点では、研究テーマが固まっていないことも珍しくありません。
むしろ、講義を受け、文献を読み、人と話す中で、「自分が本当に知りたいこと」が見えてくることがあります。
鍼灸師として働いていると、日々の臨床の中で「これはなぜだろう」「どう説明すればよいのだろう」と感じることがあります。
その疑問を、経験則だけで終わらせず、研究という方法で確かめようとする。
そこに、臨床鍼灸学コースで学ぶ意味があるのだと思います。
---
難しいのは、知識よりも「問いを形にすること」
戸村
研究を進める中で、難しかったことは何でしょうか。
修士1年生の皆さんは、まだこれから研究が始まる段階なので、現時点で感じている不安や課題として聞かせてください。
中越さん
研究テーマの設定と、統計学の学習です。今まで触れてこなかった統計学を学べたことは印象に残っています。
戸村
修士2年生らしい答えですね。
研究テーマを形にすることと、統計学を学ぶことは、多くの大学院生がぶつかるところです。
尾下さん
発表の際、自分の研究内容を他者にわかりやすく伝えることが、特に難しかったです。
戸村
研究をすることと、それを相手に伝えることは別の難しさがありますね。
修了まで経験したからこそ出てくる言葉だと思います。
臨床家は、日々の現場で多くのことを感じています。
ただ、それを研究として扱うためには、問いを絞り、方法を決め、言葉にしていく必要があります。これは、臨床家や教育者にとっても、とても大切な力だと思います。
入学したばかりの人は、まだ「何が難しいのか」もはっきりしない段階です。
でも、それで当然です。最初から全部が見えている必要はありません。
---
大学院で変わるもの
戸村
大学院に進学して、自分の考え方や視野に変化はありましたか。
修士1年生の皆さんは入学直後なので、まだ大きな変化というより、最初に感じている変化でかまいません。
市川さん
論文に努めて目を通すようになりました。
東洋医学という、エビデンスがあまりない世界に対して、エビデンスベースで説明できることに意味を感じています。
山口さん
とにかく、まだまだスタートにも立てていないことを、ポジティブに痛感しています。
物事を突き詰めようと思う気持ちが強くなった気がします。
尾下さん
これまで10年以上臨床現場で従事してきましたが、医療は「臨床」と「研究」という二つの歯車で成り立つ進化の営みなのだと感じました。
この経験は、間違いなく今後の医療従事者としての財産になります。
戸村
この「臨床」と「研究」の二つの歯車という表現は、とても良いですね。
鍼灸は、長い歴史を持つ医療です。一方で、現代の医療や社会の中で鍼灸を説明していくためには、経験だけでなく、研究の言葉も必要になります。
臨床だけでも、研究だけでもなく、その間を行き来することで、専門職としての見え方が変わっていく。大学院の価値は、まさにそこにあるのかもしれません。
---
これから大学院進学を考えている人へ
戸村
最後に、これから大学院進学を考えている人へのメッセージをお願いします。
中越さん
専門知識だけではない、たくさんの気づきを得られる2年間です。
ぜひ頑張ってください。
市川さん
大人の学び直しには、とても良い時間です。
ぜひ勧めたいです。
尾下さん
大学院進学は、キャリア形成において確かな価値をもたらす選択です。
あなたの可能性をさらに伸ばす機会になると思います。
山口さん
私のような一般の主婦でも学び直しはできます。
リスキリング、素敵な響きです。
迷っているなら進んでみてほしいです。ほんの少しの勇気と勢いがあれば、何とかなります。
牧さん
大学院に挑戦すること自体が、よい勉強になりました。
戸村
ありがとうございます。
皆さんの言葉を聞いていると、大学院は単に学位を取る場所ではなく、自分の仕事や専門、そしてこれからの生き方を見つめ直す場所でもあるのだと感じます。
社会人にとって、大学院進学は簡単な選択ではありません。
時間も必要ですし、仕事や家庭との調整も必要です。
研究テーマがすぐに見つかるとも限りません。
それでも、学び直したいと思ったとき、その気持ちには大きな意味があります。
大学院は、完璧な人が行く場所ではありません。
まだわからないことがある人、自分の現場をもう少し深く見たい人、臨床や教育を言葉にしたい人が、研究という方法を学びながら、自分の専門を捉え直す場所です。
鍼灸師として臨床に向き合っていると、経験の中でしか見えないものがあります。
けれど、その経験を研究の言葉にしていくことで、患者さんへの説明、学生への教育、社会への発信は少しずつ変わっていきます。
鍼灸を学び直す。
自分の臨床を見つめ直す。
そして、東洋医学や鍼灸の価値を、次の言葉で伝えていく。
社会人大学院での学びは、そのための静かで確かな第一歩なのだと思います。
以上