教員ブログ保健看護学部 保健看護学科

医療界のビルゲイツ、華岡青洲 

2017年03月10日


保健看護学科  樫葉 均

 小生、1960年に紀州で生を受け、今年で57歳。そのちょうど200年前(1760年)に郷里の誉れ、華岡青洲が生まれております。この男、「偉大な」という形容詞がピッタリの人物。学生さんには「医療界のビルゲイツ」と紹介しています。ビルゲイツはご存じの通り、今あるコンピュータ社会を誰よりも早く創造し、開拓してきた男。そして莫大な富と名声を手中に。なぜ、青洲が「医療界のビルゲイツ」かと言うと・・・

 1804年、紀州北部を流れる紀ノ川のほとりで"世界を揺るがす大事件"が起きます(と言っても世界はこのことを知らないのだが)。この時、青洲は44歳。西洋に約半世紀先駆けて全身麻酔による乳がん摘出術を成功させたのです。当時、医学的なバックグランドがほとんどない状況の中で(杉田玄白の「解体新書」はありました)、チョウセンアサガオ(曼陀羅華;まんだらげ)を主成分とする麻酔薬(通仙散)の開発に身を投じます。

 青洲の母と妻の加重は「この身体で人体実験をするように」と青洲に申し出ます。その結果、母は命を落とし加重は失明。悲しい結末が待ち受けていたのですが、この二人の女性が青洲を支えたのです。このあたりの詳細は、同郷の作家・有吉佐和子によって「華岡青洲の妻」という物語に。そして今では英訳され(「The Doctor's Wife」)、世界中の人たちにも愛読されているようです。

 ここで皆さん、考えてください。現在の医療の現場で「もし、全身麻酔の技術がなかったら?」と。彼の成し遂げたことは想像がつかないほどの偉業なんです。そしてもし、青洲がこの麻酔技術の特許を持っていたとしたら・・・。当時、ノーベル賞があれば確実に「医学生理学賞」。

 関西医療大学は大阪南部のちょっとした高台に位置します。ここから北西部に目をやれば、関西国際空港や明石大橋、淡路島、六甲山系を見ることができます。そして南部には和泉山脈の山々が東西に連なっています。その山の向こう側、紀ノ川平野で"世界を揺るがす大事件"が起こったわけです。



いよいよ国家試験!

2017年02月03日


 皆さん、こんにちは。保健看護学科教員の宇田です。
 まだまだ寒い日が続きますが、風邪などひいていませんか?
 高校生の皆さんの中には、志望校合格に向けて最後の追いこみとして頑張っている受験生もいるのではないでしょうか。あともう少し、身体に気をつけて頑張って下さい。

 さて、本学は医療系大学であり、どの学科の学生も国家試験を受験します。保健看護学科の4年生は、ほとんどの学生が就職先も決まり、国家試験合格に向けて日々頑張っています。4年間で学んだ内容が出題されるため出題範囲も広く、学生はこの時期、不安や焦りと戦いながら勉強しています。本学保健看護学科では、国家試験対策として、学内の教員だけでなく予備校などの外部講師を招いて国家試験対策講座を行ったり、担任・ゼミの教員による個別指導、模擬試験など学生が国家試験に合格し夢を実現できるようサポートしています。これまでの集大成としてぜひ頑張ってほしいと思います。
 保健師や助産師、看護師をめざす高校生や大学生にとっては、国家試験に合格することがゴールと思っている人もいるかもしれませんが、国家試験に合格することで看護職としてのスタート地点に立てるのです。そのため、働き始めてからも日々学習は必要であり、また、医療チームの一員として働くため、コミュニケーション能力も求められます。そして何より、対象者に寄り添う心が大切です。4年間の大学生活では技術や知識だけでなく、講義や演習、実習を通し、このような看護職として必要な様々な能力を身につけることができるよう取り組んでいます。

 4年生の皆さん、看護職のスタート地点に立つことができるよう国家試験合格に向け頑張って下さい。応援しています。
 そして高校生の皆さん、私たちと一緒に保健師、助産師、看護師をめざして頑張りませんか。皆さんにお会いできる日を楽しみにしています。



『ナーシング・カフェ わかば』を紹介します

2016年12月16日

 皆さん、こんにちは。
 保健看護学科の教員の中納美智保です。
 今回は、保健看護学科が主催している『ナーシング・カフェ わかば』を皆さんにご紹介したいと思います。

 『ナーシング・カフェ わかば』は、保健看護学科の学生と教員が、毎月1回、第3土曜日の13~15時に関西医療大学の5号館の7階フロアで行っているカフェです。カフェといっても普通のお店ではありません。
1216-1.jpg 『ナーシング・カフェ わかば』のコンセプトは、学生と一緒に"子どもから高齢者まで、楽しい時間を共有しながら健康づくりの応援隊"という思いで開催しています。
 今年の4月から始めて、早いもので11月の開催で7回目を迎えました。大学周辺の地域の皆さんだけでなく、学生の家族や友人、大学職員、さまざまな縁で知り合った方々など、赤ちゃんから高齢の方まで幅広い年代の方が来てくださっています。毎回、企画しているちょっとしたイベントや血圧測定や骨密度、血管年齢などの健康チェックは大好評です。
 保健看護学科の学生はボランティアとして1年生から4年生までが参加しており、『ナーシング・カフェ わかば』を通じて先輩との交流の和が広がっています。後輩は、先輩から血圧測定のコツや骨密度の測定方法を教えてもらったり、先輩のハンドマッサージの技を目の当たりにして感動しています。
1216-2.jpg また、参加者の皆さんへのアンケートでは、学生の笑顔や一生懸命頑張っている様子に好感を持ったという内容や毎月の開催を楽しみにしているというメッセージを頂戴しています。
 ボランティアとして参加している学生とざっくばらんに話ができるので、突撃インタビューも大歓迎です。ありのままの保健看護学科の学生の様子を知って頂ける絶好のチャンスです。事前予約や参加費も必要ありませんので、学生たちのがんばっている姿を見に気軽にお越しください。
 今年度は、12月17日(土)、2月18日(土)、3月18日(土)開催予定です。皆さんのお越しをお待ちしております。1216-3.jpg

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助産師課程が始まります!

2016年11月11日

 
 11月に入り、日々寒さが増してきました。皆さん、風邪などひかずに元気に過ごしていますか。助産学と母性看護学を担当しています井上京子です。

 平成29年度から始まる助産師課程の準備が、着々と進んでいます。
 助産師を希望する学生同様に助産師課程を担当する私たち教員も、新しいことが始まる期待や楽しみとともに少しの不安がある日々を送っています。しかし、助産師を希望する学生の話や期待に満ちた笑顔をみると頑張らずにはいられません。

 助産師の仕事について皆さんは、病院の産科病棟で働き、出産時の支援を行うことだと思っていませんか?確かに出産時の支援は、助産師の仕事の中核です。しかし、「助産」にはもっと広い意味があります。

 助産師は英語でmidwifeと言います。ラテン語を語源とするといわれており、mid=with wife=womanで、英語ではwith woman となり「女性とともに」という意味を持っています。助産師の活動は、女性の生涯を通じて性と生殖にかかわる健康生活の援助を行い、女性と家族の健康生活の質向上を助けます。 また、親子関係・家族関係のよりよい形成や発達を促し、次世代の健全な育成に貢献します。
 つまり、助産師は女性の一生を支えていく職業と言えます。

 助産師になるためには、11単位、おおよそ11週間の実習が必要です。本学では、10例程度の分娩介助実習が必須となるため、9週間の病院での実習と1週間の助産管理実習、母子保健実習で合計11週間の実習を予定しています。また、ひとりの妊婦さんを妊娠・分娩・産褥と受け持ち、継続した支援を学ぶこともできます。大阪の南部にある病院や助産所、保健センターにご協力いただき、充実した環境で実習ができます。
 授業は講義、技術演習、グループワークがあり、基礎助産学、助産診断・技術学、地域母子保健、助産管理を学修します。保健医療学部の協力を得て、東洋医療やアロマセラピーの知識・技術を助産技術に取り入れた授業も行う予定です。

 この熊取町から、地域の母子保健に貢献できる元気な助産師を輩出したいと思います。みなさん、助産師課程で一緒に勉強しましょう。助産師になりたいと熱い思いを持った学生を待っています!!



看護学はともかくとして...(その2)

2016年10月07日


 みなさん、こんにちは。英語教員の吉田仁志です。

 昔々、古き良き時代のことです。ある大学で経済学概論の授業に全く出席しなかった学生が期末試験だけ受けに来て、「一国の経済状況を表す指標として GNP (国民総生産) よりも GDP (国内総生産) が使われるようになったことについて論述せよ」という問題に出くわしました。白紙だと当然0点ですから、この学生、「GNP や GDP はともかくとして、おいしい中華風甘酢あんかけ肉団子の作り方を紹介します」と書き出して答案用紙をすべて埋めると、何と合格したということです。

 私もこの体で、"看護学はともかくとして"英語について、あるいは英語教育について繰り言を並べてみます。

 近頃世間では英語教育ばかり槍玉に上げられて、大いなる批判を受けています。でも、できないのは英語だけではないでしょう。数学や理科だって、からっきしできないのに。国語だって相当に怪しい。母語である日本語でできないことが外国語である英語でできるはずがありません。早期の英語教育よりも国語教育の重視がもっと声高に叫ばれるべきです。国語の能力を磨いておけば、外国語は、それ相応の年齢になっても、後からついてきます。外国語の達人は日本語も立派です。すべての国民が英語を聞き話せるようになる必要は全くありません。必要な人が必要な時に勉強して習得すればいいだけのことです。その基になるのが国語力です。

 しかしその一方で、日頃あんなにカタカナ語を乱用しておきながら、語学がまるでできないというのも珍しい。年末にテレビのバラエティー番組をなんとなく見ていたところ、カタカナ語使用禁止のコーナーがありました。うっかり使ってしまうとお尻をバットで叩かれる罰が加えられるというもので、出演者全員が何度も罰を受けるといった有様でした。ことほど左様に日常社会生活が成り立たないほどカタカナ語にどっぷりと浸かっておきながら外国語ができないのなら、いっそのこと全部日本語に翻訳すればいいのにと思ってしまいます。たとえば「経済」ということばにしても昔の日本人が苦労して翻訳したものですし、漢字の本家の中国語にも採り入れられているほどです。

 翻訳というのも難しい問題です。ここに卑近な、一見明解な例を挙げてみましょう。シェークスピア (1564―1616, 今年は没後400年です) の有名な作品に Romeo and Juliet というのがありますが、これは通常『ロミオとジュリエット』と翻訳されています。大方の人はこの訳に疑問すら抱かないでしょうし、誤訳のしようがないとお思いでしょう。でもよくよく考えてみると問題ありです。男女の悲恋物語を扱った歌舞伎や文楽の外題の通称として、私たちはどんな言い方をしているでしょうか。「お染久松」「お半長右衛門」「お初徳兵衛」「お夏清十郎」...というように「と」は入れませんし、また女性の方を先に言います。したがって Romeo and Juliet の正確な翻訳は、『ジュリエットロミオ』とすべきです。いかがでしょうか。題名の翻訳だけでも難しい。しかしながら興味深い。日本語と英語、その違いを楽しむのも語学を学ぶ喜びの一つだと思うのです。

 昨今は実用技能ばかり強調されていますが、この面においても日本人であること、日本語話者であることを不利とみなさずに、日本語と英語を対照させて日本語を言わば武器にして外国語習得に役立たせればよいのです。英語を使う時は英語で考えよ、なんて言う人がありますが、日本で生まれ育った者にはそれは土台無理な話です。不利を有利にする発想の転換が日本人には求められている、そこをしっかり意識すべきだと考えます。

 以上まさに繰り言でしたが、少しでも "food for thought" を提供できたとすれば私としては幸いです。



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