2025年07月18日
“押すと痛い”は悪いのか?鍼治療が効果的な痛みの正体
臨床鍼灸学グループの北川です。私の研究を紹介したいと思います。
子どもの頃、父から「腰が痛いから、腰の上に乗ってくれ」と頼まれ、痛む場所を足で踏んでいた記憶があります。痛みは、怪我や病気によって身体の組織が損傷した際に、それを脳に伝えるための重要な信号です。この痛みによって、私たちは危険を回避したり、適切な対処をしたりすることができます。それにもかかわらず、先に挙げた例のように、人には痛みのもとを押して(刺激して)ほしいという欲求が存在します。
国際疼痛学会(International Association for the Study of Pain:IASP)による「痛みの機序」に基づく分類では、痛みの原因は以下の3つに大別されます。
• 侵害受容性疼痛
• 神経障害性疼痛
• 痛覚変調性疼痛
腰痛をはじめとした多くの身体の痛みは、「侵害受容性疼痛」に分類されます。この侵害受容性疼痛とは、痛みのセンサーである侵害受容器が、疼痛閾値を超える刺激にさらされたときに生じる痛みです。炎症や筋拘縮などによって、侵害受容器に加わる刺激量が増加することが発痛の要因とされます。一方、筋膜性疼痛など一部のケースでは、侵害受容器そのものの過敏性が高まる「末梢性感作」が遷延(長く続く)していることが、痛みの持続要因となっていることがあります。この末梢性感作は可逆的であるとされており、強い刺激や持続的・反復的な刺激によって、脱感作(過敏性の低下)が顕著に認められることが報告されています。つまり、遷延化した末梢性感作によって生じている痛みは、「触ったり」「押したり」することで改善が期待できる、押してもよい痛みである可能性があります。
通常、正常な組織に圧刺激を加えると「圧覚」を感じるはずですが、末梢性感作が起こっている組織では、同じ刺激が「圧痛(痛覚)」として認識されます。鍼刺激も侵害刺激の一種ですが、軽微であるために痛覚として認識されないこともあります。しかし、感作された組織に鍼を刺入すると、「ひびき」と呼ばれる鈍い痛み(痛覚)が生じることがあります。そのため、鍼灸臨床では、この「ひびき」を末梢性感作の指標として用い、発痛組織の同定や鍼の刺入深度の判断材料とすることがよくあります。
この末梢性感作の状態は、定量的感覚検査(Quantitative Sensory Testing:QST)のうちStatic QSTにより評価できるとされています。Static QSTは、触刺激、振動刺激、温度刺激、圧刺激などを用いて定量的な刺激を加え、閾値、耐性値、刺激強度の認識などを指標として、痛覚感受性を含む末梢神経の感覚受容「状態」を評価する検査法です。私はこれまで、圧痛計を用いたQSTを指標に、鍼刺激が末梢性感作に及ぼす影響について調査してきました。
研究の対象は、手術歴がなく、下肢症状を伴わず、3か月以上腰痛を自覚している慢性腰痛者のうち、腰部多裂筋の体表面を圧迫することで腰痛症状の再現が認められた方々です。すべての対象者に対して、測定実施の1週間以上前に、安静伏臥位にて圧刺激で症状が再現された体表面からエコーガイド下で鍼刺激を行い、腰痛症状が再現される多裂筋内の組織について調査しました。また、これらの対象者を以下の2群に分けました。
• A群:腰痛症状が再現される体表面上から鍼を刺入し、症状再現が生じる組織まで鍼を到達させる群
• B群:同じ体表面上から鍼を刺入するが、症状再現が生じる組織の手前で鍼を留める群
評価指標には圧痛閾値(Pressure Pain Threshold:PPT)を用い、鍼刺激の前後の差を比較しました。
結果として、A群のみで、鍼刺激後にPPTの有意な上昇が認められました(P = 0.003)。この結果は、「痛覚閾値の上昇には鍼刺激時に生じる感覚が大きく関与する」とした先行研究の報告とも一致しており、痛覚閾値の改善を目的とする場合には、目的の筋肉に鍼を当てればよいのではなく、感作された組織を正確に刺激することが重要であることが示唆されました。
小規模な研究結果ではありますが、末梢性感作が遷延化することで中枢性感作へと移行し、難治性慢性疼痛に発展することが報告されていることからも、早期、つまり末梢性感作の段階での対応が重要と考えられます。今後、遷延化した末梢性感作に対する臨床研究を重ねることで、慢性疼痛への新たな介入法や、中枢性感作や難治性慢性疼痛の予防につながる知見が得られるのではないかと考えています。